ビューティフル・イングランド

 

 私は個人的に、英国と英国人よりもドイツとドイツ人の方が好きである。 

ドイツから英国に移り住んでもう十余年を数えるが、いまだに英国と英国人の中にすっきりと溶け込めないでいる自分を感じる。私を除く家族は、妻も子供たちも、完全に英国人になりきってしまっている。しかし、私は、ドイツから英国に、どうしても重心を移しきれないでいる。

 昨年の秋、英国はずっと天気が悪かった。天気が悪いと、人間気分が晴れず、考え方がどうしても否定的な方向に傾いてしまう。どうしてこんなに天気の悪い、雨ばっかり降るところで暮らさなければならないのだろう。そんなところから思考が始まる。どうして英国の道路にはこんなにゴミが散らかっているのだろう。そんな風に、悪いところばかり目に付くようになる。どうして英国の物価はこんなに高いのだろう。と発展し、ついには、それがそこに住む人間にも及び、どうして英国人はお互いを無視し合っていきているのだろう。不満ばかりが高まってくる。

 昔住んでいたドイツと比べて、ドイツは寒かったけど冬でも太陽は拝めたし、街は清潔だし、物価は安いし、人間関係はべっとりと濃いものがあるし、よかったのにと、どうしても思ってしまう。こちらで家も買い、子供たちも英国の教育を受けている。いまさらまたドイツに引っ越すことは不可能であるだけに、何となく憧れめいた感情から、ドイツが私の中で必要以上に美化されている点もあるだろう。

 新年になり、ある日曜日の朝早く、妻と近くのプールへ行った。プールは、広大なスポーツセンターの中にある。車でスポーツセンターの中に入っていく。晴れ上がった寒い朝で、サッカー場やラグビー場の芝生は真っ白な霜で覆われている。草だけではなく、木や、繁みにも霜がついて、木などは白い花が咲いたようである。見ると、白一色の風景の向こうから、オレンジ色の太陽が昇りだした。妻も私も、一瞬息を飲んで、その光景を見た。

「こうやって見ると、イングランドも結構きれいやね。」

私が妻に言う。

「そうでしょう。あなたはずっと住んでいるから分からないけど、旅行できた人たちは、イングランドの景色を見て、皆きれいだって言っているわよ。」

妻はそう答える。

「ずっとそこの場所に住んでいると、良いところに気がつかないで、悪いところばかり目に行くようになるけれど、本当は良いところもいっぱいあるもんよ。」

妻はさらにそう言った。

「長年一緒にいると、悪いところばかり目に付き、良いところは目に入らなくなる。夫婦と一緒やね。」

私はそう言った。夫婦の間も、その日の朝のように、たまには、相手の良いところを再認識する機会があるべきなのだと、そのとき思った。