夕暮れのアムステルダム旧市街

 

 季節はいつしか夏になっていた。相変わらず、僕は毎週のようにアムステルダムに出張していた。その頃になると、若いインド人のアシスタント、J君と一緒に出張することが多くなった。プログラムをテキパキと変更してくれる彼は、有能で明るい青年だ。

 妻にはいつもアムステルダムに出張すると言っているが、厳密に言うとそれは正しくない。顧客も、ホテルも、全てアムステルダム市街から二十キロほど離れたスキポール空港の近くにあって、殆どの場合、僕はスキポール周辺で活動しているだけなのだ。J君と、一度仕事を早く終えて、アムステルダムの旧市街に出かけてみたいねと言っていたが、いつも時間と仕事に追われ、その機会がなかった。

 

 夏も終わりに近づいた八月二十五日、僕とJ君はアポがひとつキャンセルになり、四時に身体が空いた。

「街に出てみる?」

と彼に水を向けると、彼の目が輝く。僕は雇い主に、今日はこれで上がる旨を連絡し、J君とふたり、タクシーで空港に向かった。空港で電車に乗り換える。アムステルダム中央駅までは二十分。J君はオランダの電車が、英国に比べ、清潔で静かなのに感心している。

 

 中央駅の案内書で貰った小さな地図を頼りに歩き出す。雨が降ったのか、道路は濡れているが、空の雲は切れ始め、青空が見える。王宮、花市場、アンネ・フランクの家と、地図に乗っていて、歩いていける範囲の観光地を、順番に見て回る。

 アンネ・フランクの隠れ家の前に立つ。運河の畔に立つ濃い緑色に塗られた細長い建物。右側が博物館になっていた。驚いたことに、J君はアンネ・フランクが誰であるか知らなかった。誰か、王室の一員か、有名な作家かと思っていたと言う。僕は、知っている範囲で「アンネの日記」について彼に説明する。彼はインドでは大学院まででた秀才なのだが。インドでは「アンネの日記」は余りポピュラーじゃないのかな。

「アムステルダムは、きちんとした都市計画に基づいて作られた街だ。」

街を歩いているき時、J君がエンジニアらしい感想を述べた。確かに、街中に運河が張り巡らされていると言うことで、まず運河を掘り、道路も建物も、それにそってきちんと作らないと街が機能しない。

 

 アンネ・フランクの家から、再び王宮前広場に戻った後、J君は通りを横切って反対の方向に向かって歩き出した。地図を持っている僕は、その方面に何があるか知っていたが、黙って彼についていった。そこは「レッド・ライト・ディストリクト」、「飾り窓」の街。まだ夕方の早い時間で、外は十分明るいが、既に幾つかのネオンライトで照らされたショーウィンドウの中には、もうお姉さんたちが立っていた。その意味を理解して、数ヶ月前インドから来たばかりのJ君はかなりショックを受けていたようだった。

 僕とJ君はインド料理店に入った。そこのマドラスカレーは、インド人のJ君にとっても辛かったようだ。カレーを食べながら、なかなか楽しい夕暮れの散歩だったと思った。

 

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