コーヒーとビターバレン
オランダ人はやたらコーヒーを飲む。アムステルダムの顧客のオフィスで仕事をしていると、周りの連中がほぼ一時間おきに、
「コーヒーを取ってくるけど、モトもどう?」
聞いてくれる。社員食堂の、ペラペラのプラスチックのコップに入った自動販売機のコーヒーは只なのだ。只で飲めるのに「販売機」と言うのはおかしいか。ともかく、同僚の誘いに常に「イエス」と答えていたら、一日にオフィスにいるだけで、七、八杯のコーヒーを飲むことになってしまう。ドイツ人もよくコーヒーを飲み、コーヒーの一人当たりの摂取量は世界で有数と聞いたが、オランダ人はおそらくそれ以上だろう。
僕は二回に一度の割合で、同僚からの申し出を断っていたが、それでも、一日、五、六杯のコーヒーを飲むことになる。僕は普段全然コーヒーを飲まない。でも、数日間オランダにいて、毎日コーヒーを飲み続けていると、ロンドンに戻った後も、数日は無性にコーヒーが飲みたくなってしまう。カフェインには中毒性があるのだと、改めて気づいた次第。
オランダで食べたもので、一番感激したもの。それは、ビターバレンか。「辛いボール」と言う意味だ。
ある初夏の日、会議が遅くなり、予定していた七時のロンドン行きに乗れなかった。ロンドン行きの最終便は九時。それまで、スキポール空港で一時間以上待ち時間があった。空港まで送ってくれたた日本人のMさんが、
「待っている間、展望レストランでビールでも一杯いかがですか。」
と誘ってくれた。異存はない。仕事の後の冷たいハイネケンビールは魅力的だ。僕とMさんは、エスカレーターを数台乗り換えて、一番上の展望レストランに入った。その日はあいにく天気が悪く、あまり眺望は良くなかったが。
そのとき、Mさんがビールのつまみに「ビターバレン」を注文したのだ。ビターバレンとは、一口大のクリームコロッケと言うところだろうか。直径三センチくらいの球形で、大量のマスタードをつけて食べる。カリカリと揚がった球をかじると、中から舌を火傷するくらいの熱いクリームが流れ出す。そこで冷たいビールを流し込む。カリカリとトロトロ、熱々と冷々、マスタードの辛さとクリームの甘さ、その対称が口の中に快いのだ。
「川合さん、どうです。美味しいでしょう。」
Mさんが尋ねる。
「いやー、これはいけます。ビールのあてに最高です。」
僕は、熱いビターバレンの入った口をハフハフさせながら答えた。
ビターバレンをすっかり気に入った僕は、それからも、飛行機を待つ間、しばしばその展望レストランへ行き、ビターバレンを注文した。もちろん、ビールも。Mさんによると、ビターバレンはオランダのポピュラーなスナックで、どこでも食べられると言う。しかし、僕は最初の遭遇が強烈だったためか、いつも空港の展望レストランでそれを食べていた。