チューリップ畑
オランダはチーズの国である。商店街を歩いていると、必ずチーズ屋がある。日本や英国で、チーズだけを商っている店は見たことがない。チーズ屋のショーウィンドウには、直径三十センチ、厚さが十センチ、フォークリフトのタイヤになりそうな円形のチーズが並んでいる。この円形のチーズを、誕生日のケーキを切るように、V字型の切込みを入れて、切り出すのだ。妻への土産に、何種類かのチーズを買って帰ったが、味が濃くて美味しいと好評だった。
オランダはチューリップの国でもある。四月二十日、ちょうど僕の誕生日。その日も僕はアムステルダムにいた。顧客のH部長と、ロンドンから来たTさん、それに僕の三人は、高速道路のサービスエリアで昼食をとっていた。三人とも日本人、日本語で気楽に話せるのが嬉しい。アムステルダムとロッテルダムを結ぶ幹線高速道路「A4」沿いにあるサービスエリアのレストランは、道路の真上にある。窓際で食事をしていると、足元の片道四車線の道路を、車がビュンビュン通り過ぎていく。
食事の後、コーヒーを飲んでいると、H部長が、僕とTさんに、
「チューリップ畑でも見ていきましょうか。今ちょうど見頃ですから。」
と言った。提案は僕の誕生日だからと言うわけではなかったのだろうが、天気が良かったし、その日の午後はそれほど予定も立て込んでいなかった。食後のドライブも悪くない。
H部長の車は、高速道路を離れ、脇道に入った。しばらくすると、チューリップ畑が現われた。同じ色のチューリップが固めて植えてあった。それは、幅は二十メートル、長さは百メートル以上ある一色の絨毯。赤や、ピンク、黄色の反物を、横に並べて敷いたという感じもする。派手な色も良いが、紫のチューリップなんてのも、渋くて良い。畑の真ん中に古風な風車があった。「風車とチューリップ」、ステレオタイプ的オランダの景色。京都で、五重塔と桜を見て、写真を撮らない旅行者はいない。僕もH部長に頼み、
風車とチューリップを背景に、持っていたデジカメで写真を撮ってもらった。
「このチューリップ、間もなく、花の部分を刈り取っちゃうんですよ。花を付けたままにしていると、良い球根が取れないんですって。」
H部長の解説が入った。このチューリップは基本的に、見て楽しむために植えてあるのではないのだ。
その日の夕方、ロンドンに戻るために、僕とTさんはスキポール空港に居た。Tさんが、
「ちょっと買い物をしてきます。」
と言って土産物屋に入り、間もなく出てきた。何を買ったのかなと思って、見てみるとチューリップの球根だった。でも、今から植えたら、楽しめるのは来年だ。
飛行機が飛び立った。僕は窓の下に広がる景色を眺める。チューリップ畑も見える。空から見ると、それは色とりどりのパッチワークという様相だった。