樹氷とスケート選手権
真冬でもフラワーマーケットにはチューリップが並ぶ。
翌日も、翌々日も、テストとミーティングを繰り返し、だんだんと問題をつぶしていく。僕の仕事は、倉庫管理システムの入ったホストコンピュータと、機械を制御するコンピュータの接続。コンピュータの接続部はインターフェースと呼ばれる。つまり僕は
「フーデ・ミッダーク(オランダ語でこんにちは)インターフェース担当のモトで〜す。」
と自己紹介することになる。
コンピュータにも実に色々なタイプがある。人間と一緒。アフリカのサバンナを駆け回っている人と、大都会の高層アパートに住んでいる人の間での理解、交流が難しいように、コンピュータの世界でも、余りにもかけ離れた環境にいる者同士が、直接会話をするのはなかなか難しい。言葉は何とかなっても、文化や習慣とかが違うからだ。そんな場合は、両方の言葉、文化、習慣を知っている人に間に入ってもらって、お話をすることになる。その「間に入ってもらう」システムがミドルウェア、それをバーティと彼の会社が担当している。ジェイの担当は、ホストコンピュータに入っている倉庫管理システムそのものを、新しいコンベアを使って働きやすいように改良することだ。
朝八時前にホテルを出るときはまだ真っ暗。十二時間働いて、夜八時にキャノン倉庫を出るときにも真っ暗。外へ出る機会が全然ない。昼は倉庫、夜はホテル、ずっと「閉じられた世界」の中で暮らしていると、精神的な閉塞感がつのってくる。ホテルに戻って、プールで少し泳ぎ、その後サウナで汗をかき、バーへ行って「ハイネッケン・ビール」を飲みながら簡単な食事をし、十時半ごろには眠るというのが日課となった。
迫ってくる期日との戦いになってくる。自分の担当部分がうまくいっても、他の部分の不具合や、機械が壊れてテストが進まないこともある。他人の担当の所で作業が止まると、正直少しは気が楽だが、皆でその遅れを取り戻さなければならないことには変わりがない。自分が担当した部分の不具合で作業が停止すると、ものすごいプレッシャーがかかる。
夜の最低気温はマイナス十度以下となり、暖房された場所では空気が極端に乾燥してきている。顔や手がカサカサになるので、モイスチャーローションを一日に何度も塗る。緊張のためか、眠りが浅く、朝早くに目が覚めてしまう。三人ともだんだんと疲れが溜まってきて、往復の車の中での会話がだんだんと少なくなってきた。
金曜日の朝、ホテルの窓から外を見ると霧だった。午前中のミーティングのとき、会議室の窓の外を見ると、霧が晴れ、青空が見えた。霧が葉を落とした木々に凍り付いて、満開の桜のような銀色の樹氷が青空に映えている。思わず息を呑む。美しい光景だ。
窓の下の運河をスケートで通り過ぎていく人がいる。チームの中のオランダ人、フェリーが、今日は運河でキャノン・スピードスケート選手権があると言った。建物を取り囲む運河の直線を使って、社内のレースをすると言う。今窓の外を滑っていく人たちは、そのためのウォーミングアップをやっているのだそうだ。僕もスケートは好き、参加してみたい気がする。しかし、今回はスケート靴がない。残念。
オランダ国鉄のインターシティ(特急)。